横浜開港150周年に向けて、横浜をもっと知りたい!という方へ開港の立役者の2人の分身と噂されるぺりー君・はりす君が開港当時の横浜や知る人ぞ知る開港情報をお届けします。

2008年01月06日

アケマシテおめでとうございマス

横浜の皆さま、こんにちはデス。
おめでとうデス。

はりすデス。

お正月バケーションを楽しんで、明日から仕事に
行きたくなぁ~い、なんていう方、いっぱい、いっぱい
いらっしゃるんじゃないデスカ?

はりすもお腹が痛くなってきましたデス。(笑
ぷれっしゃーに弱いんデス。(笑

ついつい、お酒に手が伸びてしまいマ~ス。
はりす、悪い子デス。(笑

ところで、今日は、きっと仕事が大好きだったお友達を
紹介しますデス。

リチャード・ヘンリー・ブラントン像

彼の名前は、リチャード・ヘンリー・ブラントン。

スコットランド人で、明治政府から招聘された「お雇い外国人」の一人デス、ハイ。
彼は「日本灯台の父」として有名で、日本にいた7年ちょっとで
灯台26箇所、灯竿5箇所、灯船2箇所の建設、設置に携わっていますデス。

しか~し、彼はそれだけでは終わらないんデスネ。
業績、特に横浜では目を見張るものがありますデス。
有名なところでは「電信工事」(1869年)、日本初の鉄橋建設(関内・吉田橋)
それと、「横浜公園」&「日本大通」のデザイン。

つまり、今の横浜の街の都市設計、その最初は
ブラントンによるものだったんデスネ。スゴイね、本当ニ。

そんな彼の銅像が、横浜公園内に設置されてマス。
お散歩ついでに、会いに行ってみてクダサイネ。


はりすデシタ。。。ばいばい。。


Posted by ぺりー君・はりす君 at 10:57│Comments(0)
 
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